今日の学生員会のメインテーマは例の成績優秀者の表彰規程の検討。学生委員会に出された案は各学部からそれぞれの教育単位(学科、コース、系など)から1名ずつの39名を推薦し、その中から選考委員会が3名程度に絞るというもの。
つまり、顔も見たこともない学生で研究分野もまったくちがう全学の学生を書類審査で3名に絞るんだと。どうしてそういうバカな審査ができるのだろうか。役員会の意向は表彰者数を絞らないと表彰の威信が保てないだと。おかしいだろう。前回は約1%の按分で20名という数を指定してきたのに、39名だと多すぎて3名くらいにしないと、表彰の価値が高まらないと言うのだ。何か学生委員会が正論をもって批判したことに幼児的に反発しているとしか思えない。
それはさておき39名を3名に選考委員会とやらで絞るとなると学生からこの表彰はまったく信頼されなくなる。なぜなら、学生はなぜ自分が落選したのか、もしくはなぜ表彰されたのかと言うことの理由がわからないからだ。よくわからないものに当選したとか、落選したとかいって一喜一憂するのは、怪しげな振り込み詐欺と同じレベルの手口だ。よくあるだろう、「あなた様はこの企画に当選されました。ついては…」というやつだ。かしこい学生が信用するはずがないだろう。
人間には努力で何とかなる範囲というのがある。一生懸命勉強したら学科で1番になることはあるだろう。そこに表彰があればそれなりに励みにもなるのかもしれない。しかし、それを越えたところで審査されてもそんなものは励みにもならない。教育学部の学生が学部長に推薦されたとして、工学部の学生が表彰されたとなると、自分のどこが工学部の学生より劣っているのかわからないだろう。そんなものでやる気になるわけがないし、そんな表彰も信頼されない。
そういうことで発言しました。「教育は学ぶ側ののために行うのが基本だ。表彰も学ぶ側、すなわち学生ために行われなくてはいけない。しかし、このやり方は教える側の、というより役員の都合でしかない。それは教育ではない」と。
次いで出てきたのが元の1学部1名案。一番最初に出されて差し戻された案だ。これも同じことなのだ。なぜこの案が最初に出されて差し戻しになったかというと、ひとつの学部でも学習パターンがちがえばどっちが優秀かとは言えないのだ。教育学系の最優秀卒論と教育心理学系の最優秀卒論とどっちが優秀かなんて学部長には決められない。オリンピックでいえば、陸上競技で金メダル、銀メダルの表彰をするようなものだ。マラソンも100メートルも併せて陸上の一番を決めるのと同じだ。それを選ぶのが学部長の見識なんだと(前回学生委員会での委員長発言−笑止)。
このような規程を持っている某大学では学部が候補者の推薦を行わない、ということでほぼ形骸化しているそうだ。形骸化することがわかっているシステムを役員会の意地で決めていくというのは大学人としての見識が全くないとしか言いようがない。
しかも、今回に限り学生生活課から以下のような確認のメールが来た。
*******************************
学生委員会の議題「成績優秀学生の表彰制度について」の審議結果の確認について
12月8日開催の学生委員会において審議された「成績優秀学生の表彰制度について」は、
委員長から、「成績優秀学生の各学部等からの推薦は1名とし、学生委員会の議を経る」
旨の提案があり、これが了承されましたことについて確認のためお知らせします。
*******************************
嗤ってしまうだろう。それで
「九州大学の良識とか、経営者の見識とかを世の中からどう見られるか、衷心より憂慮しています。教育者として恥ずかしさに赤面しつつ、以下のこと、確認いたしました。」と書いて返信した。
やはりこの確認に耐えられなくなった人がいた。まもなく、本日欠席していた某委員からメールが来たのだ。
*******************************
愚かなことです。ラグビーとアイススケートのチャンピオン同士の優劣を論ずるとは。いずれ“学科間もちまわり”になりますね。
小生は忘れませんので、毎年選考課程を公開されることを望みます。
*******************************
しかも、彼は全委員にこの文章をccで送っている。痛快だ。うれしくて返信したら「あんたも全員に送ればよかったのに」とメールが来た。やってみたんだけど、メーラーがうまくいかなかったので、残念。
いずれにしても、役員会には表彰のポリシーが全くないことがわかった。表彰者の数の決め方、原則も立っていないし、それは学生委員会の意見次第で反応が変わる幼児的なものであることでわかる。ともかくどっかで成績優秀者の表彰をしたいと思ったバカがいたのだろう。そういってしまった手前どんなに異論があっても押し通すという「リーダーシップ」をお持ちなわけだ。学生委員長(副学長)は「私も板挟みで困っているんです」とのたまわった。冗談じゃない。「あなたはそこに座っている限り、板挟みじゃなくて役員なんだろう」って言ってしまった。本人もその立場は承知したが、なぜ本意でないことを強引に通さねばならないのか。担当副学長なら学生委員会の意向に従って役員会で反論すればいいのだ。それが高給をもらっているものの責任ではないのか。一方で人件費1%の削減で教員の給与は下がる、教員の定数は削減される、非常勤講師に至ってはたった240万円の削減で30科目が削減されるのだ。
ついでに書いておくと、この表彰規程は授業料値上げ分の学生への還元なんだと。いったい何のために授業料を上げたのかねぇ。授業料値上げのダメージを直接受けている学生にはものすごい腹の立つことだと思う。一円でも上がれば苦しくなる、という学生や親の経済状況がまったくわからないのだろう。授業料を払うのに学生たちはどれだけ苦しい思いをしているのか、想像がつかないようなのだ。そして100円の支払いにも悩む人間にとってこそ大学に行くことは大切なことなのに、どんどんそういう人々を切り捨てようとしている。それが見えない人たちに学生の側に立てと言うこと自体むなしいことなのだろう。