new谷研究室

new谷研究室とnew谷自身の本音を語る。

P&P成果発表会

2007-10-26
佐藤泰志作品集
出版社/メーカー:クレイン
価格:¥ 3,465
ISBN/ASIN:490668128X
Rating:ZERO

 今日はP&Pの成果発表会で午後はぎっしり潰れた。ほとんど理系の研究なのでかなりわかりにくいものでもあったが、アジアにおける大学連携に関するプロジェクトがあった。代表者ご本人が「教育学の人が入っていない」と言うので、その理由を聞くと、「つてがなかった」とのこと。声をかけてくださいよ、と言うと、M副学長が「そういう話を持っていっても断られるでしょう」とちゃちを入れてきた。明らかに人環(殊に教育学)の融合しない非社交性を当てこすった感じだった。ほんと、聞かせてやりたい。
それと、人文系の研究はダメだな。適当にそれぞれの論文を出すだけのものにしかならず、領域を超えたディスカッションすらできていない。
ま、人環も同じような状況なのではないだろうか。初期の頃は分野を超えたシンポジウムなとをやっていたのだが、最近はそういう動きもない。安定したのかもしれないが、何か新しいものを作り出す試みがあってもいいと思う。学校蘇生なんか再び蘇らせてみたい。
Posted by yas007golgo13 at 01:56:33Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

連休が明ける

2006-05-07
 連休中は全くの私生活三昧であったので、何も書かない。しかし、活字から離れてはダメなので、あまりにも流れすぎてはいるが「ダ・ヴィンチ・コード」を読破する。
 
ダ・ヴィンチ・コード(上)(著)ダン・ブラウン,越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(上)
出版社/メーカー:角川書店
価格:¥ 580
ISBN/ASIN:4042955037
Rating:ZERO

ダ・ヴィンチ・コード(中)(著)ダン・ブラウン,越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(中)
出版社/メーカー:角川書店
価格:¥ 580
ISBN/ASIN:4042955045
Rating:ZERO

ダ・ヴィンチ・コード(下)(著)ダン・ブラウン,越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(下)
出版社/メーカー:角川書店
価格:¥ 580
ISBN/ASIN:4042955053
Rating:ZERO
Posted by yas007golgo13 at 14:25:59Comments(0)TrackBack(2) │教育・研究

教育基本法について

2006-05-02
 教育基本法が変えられようとしていることに無関心な教育学研究者がいるとしたら、もうやめたらいい。僕は改訂阻止の立場で問題提起したい。教育基本法は国民(市民)の教育を受ける権利を保障する教育の根本法として存在している。憲法も然りであるが、人権(国民の権利)をややもすると侵害してしまうのが国家という存在なのだ。このことはよくよく承知しておくべきだ。この国家にブレーキをかけるのが憲法であり、教育基本法なのである。
 教育基本法でいえば第10条に「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」とあるのは、まさに国家による不当な支配から教育を守るためにあるのであって、それ以外のものではない。ところが改定案では国民が守るもの、国民に強いるものとしての内容を教育基本法に盛り込み、国家への制限は次々と解除している。つまりは非常に無教養な改定案になっているのだ。これでは教育基本法ではなく、政府の教育改革基本方針でしかない。そういうものを(次は憲法だ)許していくと、国民を支配し、管理していく装置としての国家ができあがっていく。なんやかや右派も左派も北朝鮮あたりの悪口を言っているようだが、あの国のようになってしまうのだ。例えば愛国心を持ってもらいたい(これは国家主義者ならば当然の願望だろう)からといって基本法で規定してしまうということは金正日を崇拝しろということと同じ強要にその思想を貶めてしまうことなのだ。
 だから教育基本法のあり方についてとても無教養な改訂が行われようとしていることは世界的にも恥ずかしいことだと言える。
 問題は国民が無関心のままずるずるとこんな大切なことを認めてしまうことだ。ああ情けないことにならなければいいが。
 
教育基本法改正論批判―新自由主義・国家主義を越えて
出版社/メーカー:白澤社
価格:¥ 1,470
ISBN/ASIN:4768479049
Rating:★★★★★
Posted by yas007golgo13 at 16:30:47Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

後期日程試験

2006-03-12
 本日は後期日程で一日お仕事。守秘義務なので何も書けないが、ともかくいい学生をとるために工夫改善をしているのだが、マニュアル化された受験生は多い。ドアを叩いてから席に着き、また出ていくまでの課程を覚え込まされてきているのだろうが、それは無駄。頭を何回下げるとか、そういうことは教えなくてよろしいと思う。そっちに気をとられて本質的な面接試験が二の次になっている。
 いくつかの想定質問への対応を暗誦してくるのも、よくない。大切なのは気持ちだ。自分がほんとうにこの大学に入りたいという、その理由が自分の中から湧いてきたものであってほしい。そうでないものはすぐにわかる。もっとも、日頃受験勉強以外の何かをやってきたのだけが後期日程で受験する資格があると考えてもいい。過去の自分を省みれば部活でがんばったことしかあげられないというのは貧しすぎる(この回答が多い)。もっとちがった自分はないのか。がんばったことではなくて楽しんだことは言えないのか。とにもかくにも体験が不足しすぎ…。高校の先生の生活体験不足がモロ反映しているのだろう。


九州大学(文系-後期日程)(著)教学社編集部
九州大学(文系-後期日程)
出版社/メーカー:教学社
価格:¥ 2,079
ISBN/ASIN:4325142304
Rating:ZERO
Posted by yas007golgo13 at 17:57:50Comments(2)TrackBack(3) │教育・研究

博士入試

2006-02-18
 いつも社会人の博士入試の頃になると気になるのが語学である。社会人入試では外国語を課している。なぜならば学術研究は基本的に外国語の素養は必要なものなのだ。まず、博士号を取得するに際して語学の試験があるのだ。もっとも乙(論文博士)の場合だけど。それは課程博士ならば当然語学はできるだろうという前提で課されているものだ(乙は甲に準ずる)。
 そういう制度があるから語学の試験があるというだけではない。制度には根拠がある。それは学問の国際性である。学術研究には国際性ということがどこかで要求される。日本教育史をやっているから外国語はいらない、と思っていてはいけない。最低、読むことと書くことは必要となってくる。外国の日本研究者が自分の研究論文に着目するかどうかだって、タイトルだけでも英語で検索できなければならないだろう。もっとも、外国語の苦手な日本研究者は多い。多いけれど最低レベルは維持してほしいのだ。
 それと、日本教育史であっても例えば戦後教育史などは占領軍文書なんかが読めないとまずいということも出てくる。なにしろアメリカのアーカイブで占領軍文書が公開されてから戦後史研究はこれらを見ないでは研究とは評価されないものになっているのだ。明治期だって、大正期だって外国語の史料は出てくるし、時には文献も読まなくてはならない。だから外国語は必要なのだ。
 ところが、社会人諸氏は職業生活の間、外国語を使わずに済ませてきている人が多い。そして外国語の能力というのは使わないとそれだけ落ちてしまうのだ。だから外国語はこまめに続けなくてはいけない。にもかかわらず、入試に際して全然外国語の準備をしていない人が目立つ。外国語はできなければそれだけで、たとえ口述がいくらよくても不合格となる。嘗めてはいけないのだ。それに社会人諸氏は若者たちとはちがい、もう既に若くはない人がほとんどであろう。25歳を過ぎれば、語学脳は退化している。その文努力は必要なのだ。通勤途上に高校生を見るといい。ともかく英単語のひとつも覚えようとしているだろう。あの柔らかい脳の時代に生きる彼らにして毎日努力しているのに、脳に衰えの出ている人が外国語をテキトーに考えているのは、とんでもない履き違えと言える。高校生の倍は勉強せんといかんのじゃ。
 




演習 大学院入試問題―語学(著)姫野 俊一,フレッド・S. マイヤース
演習 大学院入試問題―語学
出版社/メーカー:サイエンス社
価格:¥ 2,415
ISBN/ASIN:4781908845
Rating:ZERO
Posted by yas007golgo13 at 18:47:08Comments(0)TrackBack(4) │教育・研究

評価

2006-01-25
 後期の授業は終わった。講義のほうは「モダンガール論」を使うという試みで、最後は「ハルカ・エイティ」で締めた。問題は試験だ。試験問題を考えているのだが、なかなかいいアイディアがでない。今夜はそれにかかりきりだ。できるまで帰れない。
 学部ゼミはともかく2年生の出席が悪いし、質疑も成り立たない。で、自己評価をさせることにした。今回は不可を出すことも考えている。なにしろ単位を取るためにのみゼミに登録したという意識が丸見えなのだ。議論もどうでもいいという感じがする。関心のない連中に単位をばらまくのもあほくさい。大学教育はもう少し骨のあるものでなくてはいかんだろう。こういうテキトーな連中が心理に流れるのは好ましいことかもしれない。
 いずれにしても生き方に不真面目なのがあまりに増えてきた感じがする。そうやって燃えない人生というのはきっと退屈なのではないだろうか。
 おじんの愚痴でしかないが。
モダンガール論(著)斎藤 美奈子
モダンガール論
出版社/メーカー:文藝春秋
価格:¥ 690
ISBN/ASIN:4167656876
Rating:★★★
Posted by yas007golgo13 at 18:44:41Comments(3)TrackBack(3) │教育・研究

全学教育

2005-12-15
 全学教育とは教養教育のことだ。ここで学ぶことの意味が大学の中で明確になっていない。理由はいくつかある。
 第1に、かつて教養部というものがあり、これは旧制の高等学校を再編したものであったから、帝大と高校という暗黙の差別意識が旧帝大側、つまり学部の側にあったこと。
 第2に、これは教育内容の継承という点でも影響を与えていた。つまり高等学校のやり直しみたいなことをやっていたということである。
 第3に教養部を解体したときに大学における教養教育とは何であるかについて答えを見出す前に制度改革と人事が進んでしまったこと。これは従来のポストを守るための再編でしかなかった。Q大では旧教養部が教養学部構想を出したこともあったが、これが潰れてしまったことは大きかったと思う。東大の教養学部が強いのは彼らが学部だからだと思う。
 学部教育が出来ない状態で低年次の教養教育を旧制高校以来の科目で教えるシステムでは大学での教養教育は意味を喪失するし、負担でしかなくなる。
 Q大の場合は教養部廃止後全学教育を全学で、という合意が出来ている。教養部を廃止したとき教養部の教員を各学部に分属したり、各学部がその分全学教育を担当したりしてきた経緯がある。それは負担の分担という形であって責任ある教養教育を行うというところにはない。教養教育は教養学部があるという前提で考えるならば専門的な学問の集合体なのだ。大学院があればいいということではなく、学部教育が大事なのだと思う。
 ところでQ大の教養部解体に際し、教育学部は人間の異動は一切行わず、座蒲団の取り替えという裏技で教育史講座を廃止し、教育社会史講座を設置したということで済ませた歴史がある。この選択は教育学部は小さい学部なので…というところからの防衛策だったわけだが、全学教育には関わり合いたくないという雰囲気もあるのかもしれない。
 いずれにしても僕は全学教育と専門教育の壁は取り除いていくのならこれは進めなければならないと思う。比文とか言文の教員に任せているつもりになっている専門学部の教員はそこは考え直さなくてはならないだろう。また、大学で学ぶべき教養というものについて理念的にきちんと考えなければならないし、それを提供するのは教育学部だろうと思う。教育心理学の多くは「心理系」(もしかしたら新理系)と称して教育学部へのアイデンティティを喪失しているようだから、教育学部として教育のことを考え、提起できるのは教育学部門だけになっているのかもしれない。だけど、強引にプロジェクトを作ってでも大学研究はしなければならないのだろうと思う。われわれの存続のために。
立教大学「全カリ」のすべて―リベラル・アーツの再構築(著)全カリの記録編集委員会,寺崎 昌男,絹川 正吉
立教大学「全カリ」のすべて―リベラル・アーツの再構築
出版社/メーカー:東信堂
価格:¥ 2,205
ISBN/ASIN:4887133839
Rating:ZERO

東京大学は変わる―教養教育のチャレンジ
出版社/メーカー:東京大学出版会
価格:¥ 2,100
ISBN/ASIN:4130033158
Rating:★★★★

教養教育は進化する(著)神戸女学院大学文学部総合文化学科
教養教育は進化する
出版社/メーカー:冬弓舎
価格:¥ 1,365
ISBN/ASIN:4925220128
Rating:ZERO
Posted by yas007golgo13 at 10:55:42Comments(1)TrackBack(0) │教育・研究

学生委員会

2005-12-08
 今日の学生員会のメインテーマは例の成績優秀者の表彰規程の検討。学生委員会に出された案は各学部からそれぞれの教育単位(学科、コース、系など)から1名ずつの39名を推薦し、その中から選考委員会が3名程度に絞るというもの。
 つまり、顔も見たこともない学生で研究分野もまったくちがう全学の学生を書類審査で3名に絞るんだと。どうしてそういうバカな審査ができるのだろうか。役員会の意向は表彰者数を絞らないと表彰の威信が保てないだと。おかしいだろう。前回は約1%の按分で20名という数を指定してきたのに、39名だと多すぎて3名くらいにしないと、表彰の価値が高まらないと言うのだ。何か学生委員会が正論をもって批判したことに幼児的に反発しているとしか思えない。
 それはさておき39名を3名に選考委員会とやらで絞るとなると学生からこの表彰はまったく信頼されなくなる。なぜなら、学生はなぜ自分が落選したのか、もしくはなぜ表彰されたのかと言うことの理由がわからないからだ。よくわからないものに当選したとか、落選したとかいって一喜一憂するのは、怪しげな振り込み詐欺と同じレベルの手口だ。よくあるだろう、「あなた様はこの企画に当選されました。ついては…」というやつだ。かしこい学生が信用するはずがないだろう。
 人間には努力で何とかなる範囲というのがある。一生懸命勉強したら学科で1番になることはあるだろう。そこに表彰があればそれなりに励みにもなるのかもしれない。しかし、それを越えたところで審査されてもそんなものは励みにもならない。教育学部の学生が学部長に推薦されたとして、工学部の学生が表彰されたとなると、自分のどこが工学部の学生より劣っているのかわからないだろう。そんなものでやる気になるわけがないし、そんな表彰も信頼されない。
 そういうことで発言しました。「教育は学ぶ側ののために行うのが基本だ。表彰も学ぶ側、すなわち学生ために行われなくてはいけない。しかし、このやり方は教える側の、というより役員の都合でしかない。それは教育ではない」と。
 次いで出てきたのが元の1学部1名案。一番最初に出されて差し戻された案だ。これも同じことなのだ。なぜこの案が最初に出されて差し戻しになったかというと、ひとつの学部でも学習パターンがちがえばどっちが優秀かとは言えないのだ。教育学系の最優秀卒論と教育心理学系の最優秀卒論とどっちが優秀かなんて学部長には決められない。オリンピックでいえば、陸上競技で金メダル、銀メダルの表彰をするようなものだ。マラソンも100メートルも併せて陸上の一番を決めるのと同じだ。それを選ぶのが学部長の見識なんだと(前回学生委員会での委員長発言−笑止)。
 このような規程を持っている某大学では学部が候補者の推薦を行わない、ということでほぼ形骸化しているそうだ。形骸化することがわかっているシステムを役員会の意地で決めていくというのは大学人としての見識が全くないとしか言いようがない。
 しかも、今回に限り学生生活課から以下のような確認のメールが来た。
*******************************
学生委員会の議題「成績優秀学生の表彰制度について」の審議結果の確認について

12月8日開催の学生委員会において審議された「成績優秀学生の表彰制度について」は、
委員長から、「成績優秀学生の各学部等からの推薦は1名とし、学生委員会の議を経る」
旨の提案があり、これが了承されましたことについて確認のためお知らせします。

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嗤ってしまうだろう。それで「九州大学の良識とか、経営者の見識とかを世の中からどう見られるか、衷心より憂慮しています。教育者として恥ずかしさに赤面しつつ、以下のこと、確認いたしました。」と書いて返信した。
 やはりこの確認に耐えられなくなった人がいた。まもなく、本日欠席していた某委員からメールが来たのだ。
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 愚かなことです。ラグビーとアイススケートのチャンピオン同士の優劣を論ずるとは。いずれ“学科間もちまわり”になりますね。
 小生は忘れませんので、毎年選考課程を公開されることを望みます。

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 しかも、彼は全委員にこの文章をccで送っている。痛快だ。うれしくて返信したら「あんたも全員に送ればよかったのに」とメールが来た。やってみたんだけど、メーラーがうまくいかなかったので、残念。
 いずれにしても、役員会には表彰のポリシーが全くないことがわかった。表彰者の数の決め方、原則も立っていないし、それは学生委員会の意見次第で反応が変わる幼児的なものであることでわかる。ともかくどっかで成績優秀者の表彰をしたいと思ったバカがいたのだろう。そういってしまった手前どんなに異論があっても押し通すという「リーダーシップ」をお持ちなわけだ。学生委員長(副学長)は「私も板挟みで困っているんです」とのたまわった。冗談じゃない。「あなたはそこに座っている限り、板挟みじゃなくて役員なんだろう」って言ってしまった。本人もその立場は承知したが、なぜ本意でないことを強引に通さねばならないのか。担当副学長なら学生委員会の意向に従って役員会で反論すればいいのだ。それが高給をもらっているものの責任ではないのか。一方で人件費1%の削減で教員の給与は下がる、教員の定数は削減される、非常勤講師に至ってはたった240万円の削減で30科目が削減されるのだ。
 ついでに書いておくと、この表彰規程は授業料値上げ分の学生への還元なんだと。いったい何のために授業料を上げたのかねぇ。授業料値上げのダメージを直接受けている学生にはものすごい腹の立つことだと思う。一円でも上がれば苦しくなる、という学生や親の経済状況がまったくわからないのだろう。授業料を払うのに学生たちはどれだけ苦しい思いをしているのか、想像がつかないようなのだ。そして100円の支払いにも悩む人間にとってこそ大学に行くことは大切なことなのに、どんどんそういう人々を切り捨てようとしている。それが見えない人たちに学生の側に立てと言うこと自体むなしいことなのだろう。



反大学論と大学史研究―中野実の足跡
Posted by yas007golgo13 at 23:17:36Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

学生からの質問

2005-10-26
 明日からエシラスにオフィスアワーを書き込むようになった。オフィスアワーと言うから面倒になるのであって、要は学生からの相談にどうやって対応するかと言うことだ。今はメールがあるからそれを活用すればいいし、授業については僕は今年はブログを活用することにした。前期は学生に書き込ませるように強いたが、それはあまりよくなかったかもしれない。何しろ学生諸君は恥じらいが多いのだ。で、後期はむしろ僕が語りかけることにしている。かなりの時間は費やすけれど、講義やゼミが言いっぱなしで終わらない余韻を残し続けることができると思うのだ。

大学授業を活性化する方法(著)杉江 修治,安永 悟,関田 一彦,三宅 なほみ
大学授業を活性化する方法
出版社/メーカー:玉川大学出版部
価格:¥ 2,940
ISBN/ASIN:4472403005
Rating:★★★★
Posted by yas007golgo13 at 17:06:51Comments(1)TrackBack(0) │教育・研究

学生からの意見

2005-10-16
 先日一学生から僕の講義内容について意見をもらった。紹介しちゃう。
****************************

new谷先生、

こんにちは。私は火曜日一限のnew谷先生の
授業を受講しています、○○○○と申します。

本当は前回の授業があった当日にメールを差し上げるつもりでおりましたが、自由にインターネットを使える状況におらず、このように遅くなってしまいました。
今回メールいたしましたのも、先生の意見に反論を申し上げたい次第であります。それは、先生が授業の最初に余談として私たちにお話してくださった”チャイム”の話です。
先生は、チャイムというものを用いて、私たちは時間に支配されている、チャイムが生まれて”遅刻”という言葉が生まれたのだ、とおっしゃいました。だから、チャイムはなくすべきである、と。
確かに、私も先生の意見には納得させられました。
しかし、先生の意見は、チャイムの存在意義というより、なぜ、時間どおりに授業をすすめるのか、という根本的な理由を否定しているように感じました。
たとえば、私たちは毎学期の始めに、事務室へ履修登録というものを提出します。これは、”この授業を受けることをお許しください。”という意味をこめるよりも、この大学が法人化された今、”この授業を買います”という意味を含めるものにはならないでしょうか。少なくとも私は、後者の意味がなされていると感じています。
さらに、その履修登録にはさらなる深い意味がこめられています。それは、○時間目の○○講義を受ける、という申請の仕方にあります。また例をあげるならば、1限目は8時40分から10時10分までです。この時間帯に私たちは、その○○講義というサービスを受けなければなりません。ただ、私たちが受講しているのはその講義だけではありません。10時30分からはまた別の授業のサービス、1時からはさらに別のサービス、を受けるようになっています。
これは、私たちが時間に支配されているのではなく、時間という商品を逆に買っている、ということになりませんか?
逆に先生方の立場からみると、その時間という商品を売っているということになりますが。
現代では、大学さえも、マーケット市場化しつつあります。そんな大学内で、私たち学生と大学側は、ある特定の時間に行われる授業という商品を取引しています。取引の対象となっている商品に、私たちは支配されている、と断言できるのでしょうか?
それから付け加えですが、私自身、今の時代は、学生の遅刻よりも、先生方の遅刻(つまりチャイムに遅れて教室に入ってくること)の方が、許されない行為だと思います。なぜなら、先生方は、サービスの提供者であり、私たち学生は、その消費者なのですから。サービスの提供を怠ること、それは店の経営面で考えるならば、その後の大きな失敗につながってくると考えています。
また、去年の教育学概説や今回の授業の1回目で先生がおっしゃったことの中で疑問が生じたのです、先生のおっしゃっている知識とはいったい何ですか?知識の定義がよくわかりません。授業で知識を得ようと思ったらいけない、考え方を学ばなければ
ならない、と新谷先生がおっしゃっていたことを私は覚えています。
が、私にとってはそのような自分にとって新しい考え方というのも、ひとつの知識になるのではないか、と考えていました。
長くなって申し訳ありません。まだ二十歳にもなっていない虫けらのような学生がこんな大口をたたくのは、よくないと思いましたが、なんとなく納得がいかなくてメールさせていただきました。本当に申し訳ありません。

先生の講義を毎回楽しみにしております。
次回の講義でも、どうぞよろしくお願いします。

****************************
で、返事を書くことにした。続きを読んで。

大学の授業
Posted by yas007golgo13 at 09:38:39Comments(4)TrackBack(0) │教育・研究

学会が終わった2

2005-10-10
 学会が終わりました。ジェンダーのことになるけど、某T大先生が宣うには男の子は元気がないと。じっさい、男の院生は職業として嫌々やってる感じのせこい発表が多いのに対して女の院生は楽しんでやってる感じが強い。研究ってのもジェンダーがあるのだろう。で、結果的に女性のほうがいい論文が書けて、しかも就職が早かったりして…。
 そうそうあの伝説の天才少女Kが帰ってきた。『日本の教育史学』『教育社会学研究』『教育学研究』に全部載っけたというグランドスラム娘だ。問題は彼女に就職口がないということ。どうも某大学の最終面接まではいったらしい。しかし、学閥の壁を超えられなかったらしい。そんなことをしていてはその大学はとおからずダメになると思う。行かなくてよかったかもよ。目下、わが研究室の院生の将来よりも彼女の就職のほうが日本の教育学のためには重要事項かも。
 今はポストも少ないし、公募があたりまえになってきた。人事というのはその人を採用した大学にとっては十年、二十年、三十年を拘束してしまう大問題だ。だから大切だとも言える。そこにはやはり一緒に気持ちよく働きたい人間がほしいもので、そういうことがかなり大きな比重を占める。だからまず一緒に働いて楽しくやれる人間になろう。
 まず、研究能力が高いこと。これはあたりまえ。重要なのはテキパキ仕事ができるか、人間的にうまくやれるか、そういうことが大きい。その力をつけねばね。事務的な仕事はちゃんと覚えようね。
 で、人事というのはデリケートなものだ。よく知っている人が当該大学にいるからといって、そのことがプラスになるとは限らない。公募にかけない人事でも大学内での微妙な問題の中で人事というのは動いているのだ。それをたとえ表向きの人間関係で圧力をかけたからどうとなるものではない。わが研究室の歴史の中にもそういうことはあったのだしね。まして当事者がバタバタ動き回るのはよくない。かつてのボス政治の時代とちがって今は外側からの「運動」ということはまず意味を持たない。どの大学も生き残りに必死だから外のボスの意見なんかに振り回されてはやっていけないのだ。まして当事者が動き回るのが最悪だ。僕の知る某氏はあちこちの大学の関係者や、人事権を持っていそうな人に自分を売り込んだようだ。で、おそらくもうこの近辺の大学では某氏の就職は望めなくなった。取りたくない人材としてリストアップされたからだ。
 前述のKさんのような場合はどうかって?それはボス系大学の組織的な人事なのだ。そういう組織的な人事でも無理があると壊れてくる。実際、Kさんはかなり学閥の壁を切り崩したという。



教育/家族をジェンダーで語れば



大学は偏差値ではなく学閥で選ぶべきである
Posted by yas007golgo13 at 00:40:38Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

学会が終わった

2005-10-10
 東北大学での学会が終わった。理事会では編集委員会の報告として、版型の変更と新しいデザインについて自慢した。一部理事兼事務局から異論は出たが理事一般からはいいデザインだとお褒めの言葉をいただいた。但し、今後のデザインについては3月の理事会で決めるんだと。
 総会でもデザインについては絶賛の声が上がったが、表紙裏の広告は品がないとの意見が出た。それでいいのだ。これだけ讃辞の声ばかりなのにまさか理事会は路線修正はしないだろうね。もししたとしたら、会員全体を敵に回すことになるだろうや。もしや、このブログも削除しろとか言ってくるのかな。
 
言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家

言論統制文献資料集成 第II期(全10巻・別巻2)
Posted by yas007golgo13 at 00:22:47Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

教育基礎学研究会

2005-09-30
 22日以来書き込んでいなかったのは、23日から25日まで教育基礎学研究会の合宿があったからだ。この研究会は哲・史の3研究室の合同研究会だが、公開しているので、他の研究室の院生なんかも参加している。
 なぜ合宿をするのかというと宿泊という生活をともにする中で互いの研究を磨くところにある。ただ発表をして適当に意見を言うだけならばわざわざ合宿をする必要はない。学会ともそこがちがうのだ。しかし、発表をして意見を聞くのを目標にしているご都合主義的な傾向が近年は目立つ。そういう人はなかなか他から学ばないし、自分本位なぶん伸びない(だろう)。
 それと社会人が多いせいか中途参加、中途退出が多かったりする。本務が忙しいのでそれを否定するつもりはないが僕たち教員も決して暇なのではない。かなり前から日程をあけて予定は入れないようにしているのだ。全コース参加してその後の人間関係も変わるし、研究の条件も変わってくると思うのだが。まあ、願望に過ぎないけど…。それは普通の院生にも言える。自分の発表が済めばよしというのではない。何のために発表するのか、それは参加した全員で共有するべきものなのだから人の発表に耳を傾け積極的に発言していく姿勢がほしい。ここは内輪の集まりだからいくら恥をかいてもいい。外では言えないことをしゃべって学べばいいのだ。
 
 
九重山博物誌
Posted by yas007golgo13 at 09:03:09Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

電話

2005-09-19
 今夜、久々に研究室出身のN屋くんから電話があった。選挙後一段落したような感じかな。まだまだたいへんみたいだし、民主党が惨敗したから、今後もきびしいみたいだ。
 せっかく政治家への道をかなりいい線で出発したのだから、いろんな形で支援してあげたいところだ。なにしろ二本が山椒魚に乗っ取られそうな日にN屋くんは貴重な存在なのだから。

山椒魚戦争
Posted by yas007golgo13 at 22:44:42Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

何をやっても…

2005-09-16
 何をやってもドジばかり。何をやってもミスが出る。モノはなくする。予定は忘れる。とにかく部屋といい、デスクといい、片付かない。このところ、そういうことが多すぎる。脳の一部が損傷しているのではないかと真剣に思うことがよくある。
どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」


 にもかかわらず、いろいろ抱え込むのがいけないのだ。で、今日は久々に予定をはずしてある。夜には人権と共生の会教育セミナーがある。
Posted by yas007golgo13 at 10:39:53Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

どじ

2005-09-14
 それはともかく、このところ実務的にチョーダメ人間になっている。殊にこの季節「共済組合員証」、通常保険証と呼ばれているやつだが、この更新の時期なのだが、毎年遅れ遅れで事務には迷惑をかけている。今年はそういうことのないよう娘からは遠隔地なんたら(娘用の別冊)を早めに取り寄せ待機していた。そしたらそれが見あたらないばかりか、書類を遅れ目に提出したら娘の在学証明書が必要だという(何しろ留年したもんで)。しかし、不幸なことに娘はこっちに来ていて在学証明書が取り寄せられない。んで、帰ってすぐ速達で送るように指示したのだが、今朝担当のKさんに会ってしまった。平身低頭とはこのこどな。
 おっ、この本書評に頼まれた。しかし、四方一瀰の「瀰」の字はなかなかない。アマゾンにもない。しかし、下記のように本は売っている。是非買うべし。
『中学校教則大綱』の基礎的研究
Posted by yas007golgo13 at 09:51:04Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

入学試験

2005-09-10
 今日は大学院社会人特別選抜だった。毎回思うのだが、社会人であろうとなかろうとほんとうに入りたいのだろうか、と疑問になる人が受験してくる。それなりに正装してくるし、金もずいぶん使っているみたいなので、おそらく合格したいのだろう。しかし、どうにもそのように思えないのが研究計画書なのだ。ただ「思い」をぶつけてきたり、不勉強なままの感想文みたいなのを書いてきたり、かなりいらいらするものもある。K米さんはそういう受験生によくこの本を薦めている。口述試験中にだ。遅いっちゅうに。にもかかわらず次回もまた読んだ形跡もなく受験してくるから、わからない。ほんとうは通りたくないのかもしれない。
研究計画書の考え方―大学院を目指す人のために
Posted by yas007golgo13 at 18:42:25Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

課題の設定のしかた

2005-09-08
 研究の課題の設定については新谷研究室におおまかな段取りが書いてあったが、具体的な話をしよう。
 僕が中等教育史をやってみようと思ったのは中学生のときにある種の教師が嫌いだったことがきっかけだ。問題意識のとっかかりは何でもいい。高校のときにはけっこう楽しい高校生活を送ったがそれがなぜ楽しいのかはわからなかった。それと高校紛争があって、高校の教育自体が問題なのだと思わなければならなかったことも大きい体験だった。
 大学は教育学科に入ってしまったが、ここでも何をしたいかはよくわかっていなかったが、政治闘争と授業料値上げ反対闘争をやり、恋をした。大学院で教育社会学と教育史に出会い、「知りたいことを知る」ための方法を手にした。で、「知りたいこととは何か」と考えたときにかつてやってきたことの総括として学校を見直したいと思ったのだ。
 そして出会ったのが東奥義塾という学校だった。明治の始めにできた学校だ。この学校を調べていく過程で課題が浮かんできた。地域の中でこの学校が存在した意味は何だったのか?ということだ。で、最初の論文を書いたのだ。僕の研究は福岡に来て福岡の中等学校を調べることに変わったけど、東奥義塾にこだわった人がいた。北原かな子さんです。この本はいい本だ。



洋学受容と地方の近代―津軽東奥義塾を中心に

 僕は高校、大学と紛争と言われるものをかいくぐって生きてきた。そういう中で研究にも出会った。
この本を読んでほしい。問題意識とは?ということが見えるかもしれない。

反大学論と大学史研究―中野実の足跡
Posted by yas007golgo13 at 17:22:25Comments(2)TrackBack(0) │教育・研究

テキスト

2005-09-03
そうそう、後期の『教育史概論』のテキストは斎藤美奈子の『モダンガール論』。教育史の本のようには見えないが、教育史の方法、歴史観を検討するには非常におもしろい素材。

モダンガール論
Posted by yas007golgo13 at 09:08:52Comments(2)TrackBack(0) │教育・研究

書評2

2005-09-03
 先日の日本教育学会理事会のときに小玉亮子さんに本書をいただいた。帰りの飛行機の中で読んだが、おもしろい本だ。某誌に紹介しよう。

教育/家族をジェンダーで語れば
Posted by yas007golgo13 at 01:24:52Comments(2)TrackBack(0) │教育・研究

書評1

2005-09-03
 『日本歴史』から書評を頼まれた。教育史、大学史の世界では知らない人なので調べてみるとすごく著作の多い人で農学博士の他に博士(学術)の学位も持ち、岡山大学の名誉教授でもある。職務上問題にぶつかるときちんと研究対象として論文化している。この作品もそうしてできたものだ。さてどうしようか。

明治高等教育制度史論
Posted by yas007golgo13 at 01:19:01Comments(0)TrackBack(2) │教育・研究

O田センセ

2005-09-02
 昨日は溜まった事務作業をしたり、新しいブログの研究をしたりして夕方某人権研究所に行く。N屋くんが抜けたあとの人員を募集しなくてはならないのだが、ホームページ作成はN屋くんの仕事だったので、誰もホームページをいじれない。そんなわけで、僕が書き換えた。希望する人は応募して。
 そのあとヒューマンライツ福岡の事務局会。21日に行われるQ大のN々村センセイの講演会の打ち合わせ。そうしたらlemonさんからメールが入って箱崎で呑んでるとのこと。追っつけ合流する。で、したたかに深酒。
 朝は東郷駅前に置いておいた車をとりに行き、市内の中学校へ。で、新聞記事を明後日の集会で使うための手続き書類をわたし出勤。午前中に雑務は終わらなかったが、O田センセイをお連れしてN々村さんとドライブ。いっぷくラーメンを食べた後、太宰府天満宮と秋月を散策。ひさびさに長距離ドライブを堪能。佳き一日であった。
 余談だが、一昨年だっけか、京都大学と慶應義塾大学で集中講義をしたときに自著をテキストに使った。この本は自分でいうのも何だが、中等教育史上不朽の名作ではないかと思う。

尋常中学校の成立
Posted by yas007golgo13 at 12:55:30Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究

新たに

2005-09-01
新たにブログを立ち上げました。要はもっとも使いやすいブログをめざしています。
Posted by yas007golgo13 at 15:12:47Comments(0)TrackBack(0) │教育・研究
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