教育基本法でいえば第10条に「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」とあるのは、まさに国家による不当な支配から教育を守るためにあるのであって、それ以外のものではない。ところが改定案では国民が守るもの、国民に強いるものとしての内容を教育基本法に盛り込み、国家への制限は次々と解除している。つまりは非常に無教養な改定案になっているのだ。これでは教育基本法ではなく、政府の教育改革基本方針でしかない。そういうものを(次は憲法だ)許していくと、国民を支配し、管理していく装置としての国家ができあがっていく。なんやかや右派も左派も北朝鮮あたりの悪口を言っているようだが、あの国のようになってしまうのだ。例えば愛国心を持ってもらいたい(これは国家主義者ならば当然の願望だろう)からといって基本法で規定してしまうということは金正日を崇拝しろということと同じ強要にその思想を貶めてしまうことなのだ。
だから教育基本法のあり方についてとても無教養な改訂が行われようとしていることは世界的にも恥ずかしいことだと言える。
問題は国民が無関心のままずるずるとこんな大切なことを認めてしまうことだ。ああ情けないことにならなければいいが。
教育基本法改正論批判―新自由主義・国家主義を越えて(著)大内 裕和
出版社/メーカー:白澤社
価格:¥ 1,470
ISBN/ASIN:4768479049
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